【英国訪問日記】60歳で人生観をも変えられる、すごい学校に出会った!
2024年4月20日より10日間、英国を訪ねた。
最初の2日は南西部のデヴォン州の広大な国立公園に滞在。その後『スモール イズ ビューティフル・人間中心の経済学』を提唱したE.F.シューマッハー(1911-77)の考えを基に1991年に開講した大学院「シューマッハー カレッジ」で3日間学んだ。日本全国からツアーに参加した18人のための3日間の特別授業。その後、持続可能なまちづくりを目指す「トランジションタウン運動」の発祥の街・トットネスを取材した。
今回の旅の目的は、シューマッハー カレッジの校長で環境・平和活動家のサティシュ・クマールさんに会うこと。持続可能な地球やコミュニティのあり方、自分たちがどう行動すべきかのヒントを得ることだ。
※初出/長野市民新聞:7回にわたって筆者が執筆・掲載した記事を編集して再掲載しました。
英国訪問1 持続可能なファーム
1日目、カレッジに行く前に、ダートムーア国立公園でファームステイをした。近隣駅からファームまでの道のりはまるで迷路のように複雑で、道の両脇には石垣が続く。放し飼いになっているところも多く、牛や羊が道を横断することもしばしば。馬に乗った村人にも遭遇した。
その農家兼宿泊施設「シャローフォード ファーム」は、1977年以来、貧しい移民の子どもたちに無料で農業体験してもらう活動を行っている。今回は資金確保の新しい試みとして、私たち日本人ツアーを初めて受け入れたという。様々な人種を受け入れてきた実績があり、日本からの訪問客に、分け隔てなく精一杯歓待してくれたことがうれしかった。
牧場では牛や羊が草を食み、豚も飼育されていた。裏庭には、野菜を育てるハウスと畑があり、ハーブや葉物野菜が植えられ、ニワトリも飼われていて卵の恵みが得られる。3メートルほどの巨大なコンポストで生ゴミの堆肥化に余念がない。食と農・畜産・宿泊施設・慈善事業と、循環型経営を実現している。スタッフも多世代で、若者もいきいきと働いていた。
早朝に小高い丘まで散歩すると、緑濃い牧場が永遠と続き、まるでパッチワークのような風景。大木が道沿いにそびえ立ち、小川の清流は家畜の大事な水場となっている。工業化や経済成長とは無縁な気さえする。古くからの営みが美しく守られ、遊休農地はほとんど見かけなかった。
英国訪問2 地球の歴史に思いをはせる地
4月下旬の英国は夏時間にもかかわらず毎日雨で、ダウンジャケットが必要なほどの寒さが続いていた。国内でも雨量の多い南西部デヴォン州のダートムーア国立公園は、954平方キロメートルと広大で、21の川の源流が集中している。
訪問2日目、ヘイトア ダウンという荒野に岩場が点在する地域へ。ここ一帯は3億7千年以前の岩が隆起し、同時期にマグマがゆっくり冷えて固まり、2億8千万年前にできた地形だと看板に記されていた。
幸運にも晴れ間が見え、ヘイトア ロックスと呼ばれる巨大な岩に上った。まるで神々が天から岩を大地に投げ落としたような奇異な造形とその存在感に圧倒される。標高457メートル。駐車場から歩いて数分で頂上まで到達。
岩の頂上からの360度のパノラマが圧巻だ。宇宙へとつながる真っ青な空、悠然と浮かぶ真っ白な雲、さわやかな風。眼下には、波打つようにどこまでも広がる荒野。大岩が点在し、遠方にはうっすらと海も臨める。46億年前、地球が生まれ大地を成し、数度の氷河期を経て、ようやく人類が現れるという歴史に思いをはせた。
その後、近くの町ニュートンアボットにあるカフェでのランチ。屋外がオープンカフェになっていて、地域住民や旅行者でにぎわっていた。イーストダート リバーに架かる石の橋に寄り、素足で源流に踏み入れる。その冷たい水の透明感と豊かさに触れた。
ヘイトア周辺に再度車を走らせると、途中、石器時代に残した竪穴式の住居跡があった。また儀式に使ったと見られるストーンサークルや石の列、石柱があり、暮らしの痕跡に出合える。この日の最後はここでのダウジング体験だった。
ダウジングとは英国では古くから、水脈や鉱脈を探すのための手法として知られており、両手にL字の棒を軽く持って、その先が指す方向を探るというもの。普段は、目に見えないものを信じない筆者も、半信半疑で挑戦してみた。不思議にも大きな石柱に引き寄せられる……。
こうした大地のもつ不思議なエネルギーを感じられるパワースポットとして、ダートムーア国立公園には国内外から多くのハイカーが訪れている。今回の目的の一つ、地球と人間とのかかわりをカレッジで学ぶにふさわしい導入だった。
英国訪問3 地球はいきている?
英国滞在3日目、今回の訪問のメインである「シューマッハー カレッジ」に到着。海岸沿いのトットネスという主要駅から車で内陸へ10分ほどのダーティントンという地域にある。中心部にはホールなど中世の建物が点在し、映画館やショップ、カフェ、パブなどがあった。学校の建物は、この中心エリアを管理するダーティントン トラストという財団の所有だ。
まず到着してその佇まいに魅了される。桜や藤がレンガの壁に這うように植栽され開花していた。自然と建物が見事に調和し、どこをとっても絵になるほどの美しさだ。
カレッジの本館にはキッチンや食堂、ラウンジがあり、教室や図書館、瞑想の部屋もある。周りにはものづくりの工房や、学生たちの寮がある。筆者もその学生寮の一室に泊まった。広い個室に共有のお風呂も完備されていて快適だった。
このカレッジには環境やアートなどを学べる学位コースと環境科学などを極める大学院コース、自然農を学べるコース、そして短期コースが豊富に用意されている。
学生やボランティアが育てる敷地内の野菜や、地元食材を使った肉を使わない食事は絶品だ。数人のシェフがボランティアや学生と共に交代で3食を用意する。これもまたここでの学びの一部。近所の人たちを呼んだオープンランチもあり、常に食堂は賑っている。
最初の授業はステファン・ハーディング教授の「ガイア理論」だった。彼は『ディープタイムウォーク』という地球の歴史46億年を4.6キロになぞらえて歩く、ワークショップの提唱者として名を知られている。その師であり「ガイア理論」を世に出しNHKでも番組に出演した科学者のジェームズ・ラヴロック氏は生前シューマッハー カレッジで教鞭を取っていた。
「地球を一つの生命体ととらえることで、全てに説明が付く」とステファンさんは説明する。地球は奇跡的に同じ温度や酸素濃度を保ち、生命が生き続けられる環境を守ってきた。人間も地球の一部であり、これ以上地球を壊す行いを続ければ、地球自体に淘汰されてしまいかねないという観点にたった授業には説得力があった。そして我々の出会いも必然なのではないか。地球は生きていると考えると、そんな話にも不思議と真実味が出てくる。
英国訪問4 いかに小さく生きるか
英国「シューマッハー カレッジ」で過ごした2日目の朝は、大学の敷地内を歩いて食べられる野草を摘んだ。長野では山野草として知られる「行者にんにく」が一面に広がり花をつけている。大量に摘み取ったつぼみの部分が炒め物になって夕食に出てきて、その美味しさに驚いた。
広大な森や畑を含む敷地には主に自然農で育てる畑、果物園、ハーブ園が続く。一角にはコンポストトイレ、そして生ゴミのコンポストボックスは熟成度合いに応じて複数あった。珍しいのはミミズの尿を採取し土に活用するための育成ポットだった。
この大学では、学長のサティシュ・クマールが「ヘッド(頭)」「ハート(心)」「ハンズ(手)」の3つのバランスを教育の基礎としている。一人一人が頭を使って考えるだけでなく、アートや農業など手を使って学ぶことで、自身が心で感じ、潜在的な能力を引き出す。外から知識を詰め込むのではなく、その人の中にある可能性を育てる授業だ。
屋外で水彩画の授業があった。心を無にして、自分の好きな花をしっかりと観察して自由に描くこと。描くことで不思議と自分自身が見えてくる。人目を気にしてうまく描こうとした筆者の絵とは反対に、花の持つ光と陰を感じるままにダイナミックに描いたメンバーがいた。自分の絵を観て感動し自己肯定の言葉を口にした場面が印象的だった。
2日目の午後は待望のサティシュ・クマールの授業「ラディカルラヴ(無限の愛)」、翌日の午後と夜にも一人一人の質問に丁寧に答えてもらう時間がたっぷり取れた。
「愛」には、恋人や友人、家族への愛もあるが、まず自分を愛することの大切さを説く。また、人だけでなく地球を形作るもの全てに対する慈愛を語った。いかに私たちが、地球に小さな足跡を付けて生きるかが大切だと語る。
いかに小さく生きるかーーこれまでの常識とは真逆の考え方だ。家庭・学校・社会で常に人の評価を気にし、自分の生きた証をのこそうとする。名声を得た人が評価されるという現実を振り返る。
では、人や地球に対して慈愛を持ち、小さく生きるためには、いま自分がやれることは何なのだろうかーー。 それは3日目の講師ロビンによる「システムチェンジ」の授業へとつながっていく。
英国訪問5 カレッジ存続の危機
筆者が2024年4月に訪問した英国シューマッハー カレッジは、存続の危機に瀕していた。理由は土地や建物を無償で提供しているダーティントン トラストという財団の資金難にあった。滞在当時は在学生が卒業する2年の猶予が認められ、その間に資金集めをして20億円でシューマッハー カレッジが買い取るという選択肢が描かれていた。資金調達のためのショートコースが数多く企画され、日本からもいくつかツアーが組まれた。今回我々参加者の間では、2年後に日本で上映するための映画作りを計画、全員が動画撮影を心がけた。
しかし、9月に入って突然財団が資金難を理由に9月末で閉鎖すると発表したのだ。
発表直後、世界の卒業生たちの緊急会議がオンラインで開かれた。我々の現地コーディネート兼通訳を引き受けてくれた映画監督で卒業生の常井美幸さんを中心に、日本国内の賛同者60名も別途会議を開いた。必要な資金のゴールを調査算出し600万ポンドを募ることとなった。日本円で16億円、その10分の1を日本国内からという壮大な寄付集めがスタートした。
「恐れではなく愛でつながりたい、不安ではなく喜びで行動したい、情けではなく共感で手を取りたい」との想いで動く賛同者たち。
このように、できそうもないほどの大きな課題を克服する手法を、4月のカレッジ滞在3日目の講師ロビンによる「システムチェンジ」で筆者は体感した。18名の参加者が教室で、まず歴史や物理や科学を引用したシステム概論を聞いた。その後、屋外に移動し輪になった。それぞれが心の中で選んだ2人の対角線上に意識して移動をするとどうなるのかという実験だった。
誰か一人が動くと全ての人にその動きが影響して、みんなの動きが止まらずカオスの状態となる。何度か実験を繰り返すと、ピタリと均衡を保つ瞬間が突然訪れた。その均衡をもたらすために、誰からも命令されず、周りを観察しながら自分が自分のできることを決めて行動する。この手法を地域のコミュニティの課題解決に照らし合わせたらどうなるのか。衝撃的な授業だ。
英国訪問6 トランジションタウンとは
4月に訪問した英国シューマッハー カレッジは、南西部のデヴォン州にある人口約8千人の町トットネスの近くに位置する。トットネスは「トランジションタウン」として世界に知られている。「新しい暮らしや経済への移行」を市民主導で目指す草の根運動発祥の地だ。
筆者は最終日にカフェや図書館なと市民が集うエリアにある情報センター「トットネス クライメート ハブ」を訪ねた。対応してくれたのは行政の職員でコーディネーターのガイさん。数人の雇用スタッフと市民ボランティアで運営する。
トランジションタウンの始まりは2006年、ロブ・ホプキンスという活動家を中心に市民が集まり、地球の地殻変動や既存のエネルギー資源からの脱却、新しい消費や経済のあり方などを学びあいアイデアを出し合うことから始まった。地域コミュニティを復活させ、災害などにも強く柔軟性のある社会を創ることを目指した。
気候変動や消費経済などに関する映画上映会、社会的起業を募り、地ビール醸造所を復活させたりコミュニティカフェを作ったりなど、次々と活動が成功して行った。「エディブル ガーデン」の活動もここが発祥で、市民が野菜を育て、生活に困ったら自由に採って食べられる場も設けた。
トランジションタウンの仕組みは日本にも紹介され、NPO法人 トランジション ジャパンをはじめ、長野県内でも松川町の「トランジションタウン安曇」や上田市で地域通貨「蚕都くらぶ・ま〜ゆ」など市民グループが活動をしている。
トットネスで始まった地域通貨の発想は、英国をはじめ世界からも注目された。しかし、IT化の波が押し寄せ観光客への対応も難しくなり、2015年には存続を断念したという。
トランジションタウンの運動スタートから20年近くとなった今、課題をガイさんに聞くと「慈善事業やボランティアと、資金調達とのバランスが難しい」と本音をもらす。新しい経済を目指しながらも、事業や場や人材の維持にお金がかかる。
しかし、町にはボランティア活動をする市民の姿が散見され、人種や年齢の垣根を感じさせない町のコミュニティの空気感に心地よさを感じた。
英国特別編 愛こそが解決策である
「答えは『愛』です。ところでアナタの問いはなんでしたっけ?」
これは4月に筆者が訪問した英国シューマッハー カレッジの校長・思想家で平和活動家のサティシュ・クマール(88)の新刊『ラディカルラブ』(辻真一訳)の最初にある問いだ。
そのサティシュ校長が来日し、11月上旬に2週間ほどで全国各地で講演会を開催した。筆者も11月2日、東京都青山で開催した最初の講演会に参加。能楽研究所の能舞台という日本文化の象徴的な場所での開催に、全国から約300人が集まった。英国シューマッハー カレッジの多くの卒業生やファンが詰めかけ、会場は熱気にあふれていた。
「まず自分を愛しなさい」とサティシュ校長は説く。家族や友人、恋人など身近な人への愛はもちろん、違う文化や意見を持つ人たちを尊重して愛すること、そして人だけでなく、道具や自然、生物、ひいては地球そのものを愛し、感謝すること、これをラディカルラブと呼ぶ。
しかし今世界では、貨幣経済やそれを根源とする貧困や格差、そして紛争が後を耐えない。参加者からは、ガザとイスラエル、ウクライナとロシアをはじめとする戦争をどうしたら解決できるのかという質問が目立った。
その答えは「暴力ではなく愛」。「愛こそがすべての問題に対する唯一の解決策である」との原理を丁寧に説明した。
インド出身でガンジー思想を汲むサティシュ校長は、かつて無一文で核保有国の首長を歩いて訪ねた平和活動家として知られる。宗教とは違ったアプローチとして、学問や行動、仲間づくりという形で小さいコミュニティから少しずつ世界を変えて行くことを訴え続けてきた。
日本でもNPOをはじめとする草の根運動がそれに当たる。リーダーがゴールを決め物事を推し進める時代は終わった。一人一人が同等な立場で学び、考え、知恵を出し合い、手を動かし、その喜びを仲間と共有することで課題が解決し世の中もいい方向へ動く。こうした考えがSDGsが浸透するにつれ、企業や地域でも少しずつ受け入れられるようになって来た。
さて、冒頭に記した通り、答えが「愛」だとすると筆者の問いは「自分を信じ人を信じること、そのために必要なものは?」。果たしてアナタならどんな質問が頭に浮かぶだろうか。